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Pega's Diary

<p class="font_8">ジャーナリストの田中宇さんもイラク戦争前にイラクを訪問されていました。しかも、戦争のかなり直前である2003年の1月。 実際、イラク戦争開戦直前は、国内外のNPO、ジャーナリスト等、「平和運動」や「人権問題」に関わる人々によるイラク訪問が一種のブームになっていたそうで、2002年の年末には、民社党議員2名、テレビ朝日のクルー、沖縄NGO、日本ボランティア協会などもイラクを訪れていました。&nbsp;</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">田中さんも、中東の近代史を概観しつつ、アラブの歴史的背景やイスラム世界の思考方法について軽視したまま、アラブの民主主義化を主張するのは短絡的であると論じています。田中さんによると、朝鮮半島やドイツは、近代以前に単一国家が出来ており、日本では戦前既に国政レベルまで普通選挙が行われていたため、民主主義体制を作りやすかったのですが、アラブ諸国は、イスラム帝国の時代から他民族・多言語・他宗教の「帝国」状態だったものが、近代に入って統一国家になろうとしたところで、英仏に分断されてしまったため、民主化に時間がかかるのは当然と考えられると言っています。&nbsp;</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">この本で最も興味を惹かれたのは、経済制裁による困難な時代を経て、逞しく生きるイラクの新世代の人々達の様子です。 バグダッドの中心には巨大な廃品・中古品の市場があり、特殊な専門製品以外は手に入れることが出来るとのこと。人々は、ありあわせの中古部品を組み合わせて、パソコンや自動車ですら修理しており、経済制裁は、イラク人を苦しめるものでもあるが、対処能力や技術力を向上させてくれるものだと言っているイラク人もいたそうです。もともとイラクにはしっかりとした官僚制度があり、「フセイン政権が倒されても、官僚制度が残っている限り、イラクは直ぐに復興する」と分析している人もいるほどだとか。また、イラクには創意工夫に富み、勤勉な人々が多いため、経済を発展させることは十分可能と考えて良いと田中さんは述べています。&nbsp;</p>
<p class="font_8">また、経済制裁下で大人になった世代は、政府に頼って公務員になるより、自分の才覚を使って自由市場でビジネスをする方が良いと考えており、政治に対してクールなようであるが「反政府」ではなく、米軍侵攻に対しては、あくまでも戦う考えを持っているそうです。&nbsp;</p>
<p class="font_8">もちろん、田中さんらしくネオコン(新保守主義)に関する議論も展開されますが、それよりもアメリカの宣伝放送に対するイラクの人々の態度が非常に興味深く思われました。バスラという街では、ラジオ・サワ(Radio Sawa)はアメリカによるイラク向け宣伝放送が流されていますが、30分おきにニュースを流すので便利だと言って、バスラの人々は聞いている。ラジオ・サワでは、イラク社会を混乱させようとするフェイクニュースが流れることも多いが、イラク人にはフェイクであることがすぐ分かるのだそうです。田中さんは、ニュースにも嘘が混じることがあることを前提にラジオを聞いているイラク人の姿勢に健全さを見ています。 イラクの人々が持つ「強さ」について垣間見ることが出来る本でした。</p>

2023-02-06

Books on Iraq / イラク関連の本紹介 (7)

Strength of Iraqi people / イラクの人々の強さ

<p class="font_8">ラリーが見てきたイラクの風景は、実際のところ、どうだったのだろうと思い、イラクを訪問した人たちの本も読みました。なるべく近い時期のものが良いと思い、イラク戦争直前のものを選びました。 池澤夏樹さんの『イラクの小さな橋を渡って』(光文社文庫)もその一つです。</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">&nbsp;池澤さんがイラクを訪問されたのは2002年の10月末。雑誌に掲載していた「遺跡による文明論」執筆のため、世界各地の遺跡を見るために旅していたそうですが、メソポタミア地域は無理だと思っていたそう。しかし、2002年の5月になって、実はそれほど難しくないという話を聞いてビザを申請したとのこと。池澤さんは「イラクのことを考えて、もしも戦争になった時に、どういう人々の上に爆弾が降るのか、そこが知りたかった。メディアがそれを伝えないのならば自分で言って見てこようと思った」と書かれています。</p>
<p class="font_8">&nbsp;ラリーも書いていますが、池澤さんが見たバグダッドの街ものんびりしていて、人々はとても明るく、しかも「おそろしく親切」でした。また、湾岸戦争後の経済制裁のせいで、至るところで物資が不足しているというのも、ラリーが見たイラクと変わりがありません。&nbsp;</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">「基本的に陽気な性格なのだろう。思うところは表情に現れ、また言葉にもなる。外国人がめずらしいだけではない。見ていると彼ら同士でも見知らぬ中が気軽に声を掛け合い、すぐに親密にしゃべり始める。人と人との間の敷居が低い」。</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">&nbsp;池澤さんの本を読んでも、イラクの人たちの前向きで親切な様子が分かります。ラリーが深く惹かれたのも、こういったイラクの人たちなのだなあと思いました。 イラク北部のモスルという街では、アメリカ人の観光客グループに会ったと言います。イラクには貴重な遺跡も多いので、熱心な考古学ファンなどがこっそりと訪問していたのかも知れません。帰国後、彼らがどんな風にイラクの印象を話すのか、池澤さんも不思議に思われていました。&nbsp;</p>
<p class="font_8">「今のイラクはいかなる意味でもアメリカにとって脅威ではないし、開戦の根拠は限りなく脆弱なものだ。にも関わらず、各国はこの戦争を止める力を持っていない。この戦争を止められなかったら、次の戦争も止められないだろう…。」イラク戦争後の世界状況を考えると、池澤さんが後書きに記した言葉の重みを思わずにはいられません。</p>

2023-02-04

Books on Iraq / イラク関連の本紹介 (6)

People in Iraq / イラクの人々

<p class="font_8">『9.11後の現代史』(講談社現代新書) さて、本日も酒井啓子先生の本のご紹介です。&nbsp;</p>
<p class="font_8">この本では、イラク戦争後に出現してきたIS(イスラム国)を始めとする、中東の内戦や紛争が生まれてきた背景を細かく見ていくことで、「実際のところ何が問題なのか」ということが考察されます。</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">9.11に端を発するイラク戦争後、中東地域の紛争は激しさを増し、その原因もさらに分かりづらいものになってきています。これは、いわば「負の連鎖」を形成しているだけではなく、中東以外の地域にも大きな影響を与えている。 「負の連鎖」を断ち切るためには、「紛争勢力を封じ込める」という作戦では埒が明かず、「どうやって共存していくか?」について考える必要があるのではないか、という重要な問題提起がなされています。</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">&nbsp;ISが生まれた背景にはイラク戦争とその戦後処理があり、形式的な民主化を急ぐあまり、イラクの人々の生活が後回しにされ、むしろ治安を悪化させてしまったことにあります。フセインの独裁体制に対する不満はイラク全体に広がっていたため、多国籍軍の侵攻に対する抵抗は少なかったにも関わらず、結局、イラク国民の不満を募らせる結果になりました。&nbsp;</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">他の中東諸国は、ブッシュの「グローバルな対テロ戦争」を受け、慌てて形式的な民主化や軍備縮小を行いましたが、一方で、イスラム不信、イスラム敵視の中で、イスラム教徒に対するヘイトクライムが激増し、それに対するイスラム教徒たちの反発はアメリカに向けられるようになります。&nbsp;</p>
<p class="font_8">一方、2010年末から2011年にかけて起こった「アラブの春」は暴力やテロによらず民主化を求める民衆運動でしたが、民主化に成功した国は殆ど無く、以前よりも更に厳しい権威主義体制、警察国家、暴力依存へと傾斜する結果となりました。&nbsp;</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">いずれの場合も、その国の政治・経済の状況に加え、周辺国や周辺民族との関係、また、国際社会の介入方針などが絡んで争いが深刻化してしまい、「宗派対立のせい」とか「民族問題」といた形で一括りに出来るものではない。 シリアの内戦、クルド人問題、イランとサウジの対立など、かつて中東問題の中心にあった「パレスチナ問題」も幾多の問題の中の一つとなってしまい、体制派、反政府派、テロリスト、など、様々な相手を「他者/敵」と見る、様々な争いの林立状態。問題の原因が複雑化していくなかで、敵対者は「想像力の産物」となり、それを巡る争いは「空中戦」に陥る。 2014年頃から、中東・アフリカからヨーロッパに入る難民が激増すると、その人々すら脅威と感じられ、排除する動きが発生してしまう。</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">&nbsp;八方塞りの状況の中で、この本の最後に紹介されている草の根的な活動をする人たちが、唯一の救いに感じられました。イラクのモースルでブロガーとして活動する大学教授は、ISに支配されていた間も休むことなく発信を続け、ISからの解放後は、ISメンバーの家族に対するバッシングを止めるようにと訴えているそうです。</p>

2023-02-03

Books on Iraq / イラク関連の本紹介 (5)

After 9.11 / 9.11後

<p class="font_8">引き続き、酒井啓子先生のイラク本をご紹介しようと思います。 今日は『イラクとアメリカ』(岩波新書)。 この本にはアメリカの対イラク政策の変遷に加え、サダム・フセインが国内外で取った戦略の変遷が辿られています。</p>
<p class="font_8">中東というと、宗教や民族などが欧米との対立の原因と考えてしまいがちですが、実際には政治的経済的な理由が背後にあり、表向きの大義名分として宗教などが叫ばれているというのが実情のようです。</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">『<中東>の考え方』で詳しく説明されていましたが、この宗教的文化的対立も、元はと言えば、西欧が自国の利益を追求するために煽り利用した争いだったわけで、後になって自分が苦しめられるようになってしまったというわけです。&nbsp;</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">唯物論を掲げる共産主義は宗教を否定するため、イスラムの国々とは相性が悪いのですが、イラクは共産党が政権を握った数少ない国の一つです。フセインは石油によって得られた収入を国民に分配したのですが、クルド地域での道路・住宅開発やシーア派の聖地であるナジャフやカルバラーでモスクを建設するなど、民族や宗派の違いを超えて分けました。</p>
<p class="font_8">また、バアス党運営では能力主義を打ち出し、クルド自治区では評議会などを設置し、民主化を進めました。もちろん、これらは形式的なものに過ぎず、実際にはフセイン自身の親族が統治する秘密警察によって国民の監視を強化しています。</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">&nbsp;1979年に始まったイラン・イラク戦争では、イランから守るという名目で湾岸産油国からの経済支援を取付け、欧米からの支持を受けたフセインは軍事路線を突き進みます。</p>
<p class="font_8">イイ戦争後のインフレと物不足を解消するため、フセインは石油価格上昇を湾岸産油国に呼びかけますが、クウェートはそれに応じず、1990年にはイラクのクウェート侵攻へと発展しました。しかし、フセインの思惑は外れ、アメリカはイラク容認の態度を一変、湾岸戦争へと突入します。 そこでフセインは、イラクのクウェート撤退とイスラエルのパレスチナ撤退を接続するという策に出ます(パレスチナ・リンケージ論)。これはアラブ世界の人々の大きな支持を得ることになりますが、逆にこの華やかな物語が足枷となって「アラブ世界の英雄」という虚像から離れられなくなります。&nbsp;</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">さて、サダムは世俗民族主義、ビン・ラディンはイスラム主義者で、主義的には正反対だが、「アメリカを含む西側が作り上げたモンスター」という性格は共通している、と酒井先生は述べます。「アメリカを含む西側が作り上げたモンスター」というのは、冷戦時の米ソ二極対立構造がその原因であるからなのですが、この「モンスター」はアメリカの圧倒的軍事力に真っ向から対立するものとして、同じ二極対立構造の上にある。また、フセインもビン・ラーディンもこの二極対立構造を利用して生き延びてきました。そう考えると、この二極対立構造からどのようにして脱却するかということが最も重要な課題として見えてくることになります。</p>

2023-02-02

Books on Iraq / イラク関連の本紹介 (4)

Iraq and America / イラクとアメリカ

<p class="font_8">昨日は、酒井啓子先生の『<中東>の考え方』をご紹介し、アラブ民族主義が出てくる背景を見ました。&nbsp;</p>
<p class="font_8">一方で、宗教に基づく「イスラム主義」も発展してきます。中東の中でも、メッカとメジナの2大聖地を擁するサウジアラビアは「イスラームの盟主」としての地位を築き、アラブ民主主義運動に対抗していました。</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">イラク建国の頃、イギリスはイラクの盟主として立てたハーシム家を支援しましたが、その頃、アラビア半島内陸部で猛威を振るっていたサウード家にも接近していました。イギリスが最終的に選んだのがハーシム家のフサインであったため、サウジはイギリスと疎遠になります。&nbsp;</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">これに目を付けたのが、中東進出に出遅れていたアメリカです。イギリスの支配下にある国では油田開発が出来ないため、サウジでの開発を進めました。</p>
<p class="font_8">非常に保守的で封建的な王政であるサウジは、アメリカにとって正反対の国ですが、アメリカがサウジの支援を続けたのは石油のためだけではありません。それが冷戦時代のソビエトです。 中東でソ連に国境を接するのは、トルコ、イラン、アフガニスタンの3ヶ国です。イラクでは革命が起きて社会主義になってしまったため、アメリカにとってイランの重要性が高まりました。</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">しかし、1979年2月にイランで革命が起こってアメリカによる支配からの独立を宣言し、対ソ防衛前線としてイランに頼ることが出来なくなり、同年11月にソ連がアフガニスタンに侵攻して、サウジの登場です。 「イスラムの盟主」サウジとしては、宗教を否定する唯物論を掲げるソ連がアフガニスタンに侵攻したことは大きな脅威に映り、アメリカと同盟します。同じくイスラム主義を発展させていたパキスタンもアメリカとの同盟に加わり、アフガニスタンに兵士を派遣しました。</p>
<p class="font_8">この義勇兵達は「アラブ・アフガン」と呼ばれ、国境を超えてイスラムの地を守るために戦ったのです。ビン・ラーディンもその一人です。 冷戦が終結すると、イスラムの戦士たちはもはやアメリカに必要とされなくなりましたが、義勇兵たちにとって、イスラム共同体を建設するための戦いは終わってはいませんでした。&nbsp;</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">酒井先生は「21世紀に入って国際政治を騒がせている中東起源のさまざまな事件の背景を探ると、実はその多くが、冷戦時代に米ソの勢力抗争のなかで戦略的に巻き込まれ、利用された人々によって起こされていることがわかる」と語っています。 この本の中では、さらに現代の中東の人々の姿について語られ、非常に興味深い内容となっています。</p>

2023-02-01

Books on Iraq / イラク関連の本紹介 (3)

Continued from Yesterday / 昨日からの続き

<p class="font_8">日本では数少ないイラクの専門家である酒井啓子先生の本は数冊読みましたが、非常に参考になりどれも数回読み返しています。</p>
<p class="font_8">&nbsp;</p>
<p class="font_8">中でも、『<中東>の考え方』(講談社現代新書)はとてもスケールの大きな本で、<中東>が抱える問題を近現代の国際政治の視点から切り出す一方で、中東の人々がどのような社会を目指しているのかについて考察が行われます。「パレスチナ問題」や「冷戦構造とその崩壊が中東に与えた影響」など、テーマごとに議論がまとめられていて、非常に複雑な事柄について、その原因に遡って理解することが出来ます。</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">&nbsp;興味深いのは、「宗教的な対立」とか「文化的な対立」と思われているような争いが、実は単なる権力や富を巡る争いであり、日本人にとっての〝中東問題の分かりづらさ〟を宗教や文化の違いによるものとしてしまうと、真の問題が見えなくなってしまうということです。</p>
<p class="font_8">&nbsp;例えば、日本では〝アラブ人〟と聞くと皆イスラム教徒と思ってしまいがちですが、東地中海沿岸地域やイラク北部にはキリスト教徒のアラブ人が多かったり、イスラエル建国以前は、モロッコやイラク、イエメンには多くのユダヤ教徒が住んでいたそうです。</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">そもそもイスラム国家においては、キリスト教もユダヤ教も、同じ「啓典の民」として自治を許されていました。 (実際、私はこれを読んだとき非常に驚きました!) アラブの人々が民族意識を強め、「アラブの反乱」を起こしてオスマン⁼トルコに抵抗するのをイギリスが支援したことは昨日書いた通りですが、そもそも彼らには近代的な「国家」という概念になじめませんでした。</p>
<p class="font_8">アラブの人々が住む世界では、国境を超えての移動を許容するような〝ウチ〟意識が共有されていたのに、西欧列強がイラク、シリア等の国へと小分けにしてしまったせいで列強への反発がさらに強まりました。そこで、イスラム教徒かキリスト教徒かといった宗教を超えて、「アラブ民族」として結束すべきであるという「アラブ民族主義」が出てくることになります。&nbsp;</p>
<p class="font_8">そうだとすれば、ユダヤ教徒という〝宗教的〟アイデンティティでイスラエルという国を作るという発想が中東では受け入れがたいのは不思議ではありません。</p>

2023-01-31

Books on Iraq / イラク関連の本紹介 (2)

People of the Book / 啓典の民とは

<p class="font_8">『悪人が癒されるとき』を翻訳を終えた後、イラクや中東に関する本を結構たくさん読みました。ラリーの本に出合うまでは、殆ど関心を持ったことが無い分野だったので、その歴史や文化はどのようなものなのか、とても知りたく思ったのです。また、ウダイ・フセインについても、実際にどのような人物であったのか考える必要があると思いました。&nbsp;</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">まず最初に読んだのが、阿部重夫氏の『イラク建国』(中公新書)。20世紀初頭からのイラクを巡る欧米の動きがとても細かく書かれていて、内容をきちんと整理して理解するのに丸々2日くらいかかりました。&nbsp;</p>
<p class="font_8">副題が「<不可能な国家>の原点」となっている通り、イラクが安定的な国家であり得ない理由を、イラク建国の立役者となったガートルード・ベル(1868―1926)の活動を辿りつつ考察します。&nbsp;</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">ベルはロレンス(有名なアラビアのロレンス)と同じく、英国の諜報員として中東で活動しました。当時イギリスはオスマン⁼トルコ帝国を解体するため、アラブ人の民族意識を煽り、〝アラブの反乱〟を画策します。</p>
<p class="font_8">アラブの反乱を指揮したフサイン・イブ・アリーに対し、イギリスは、シリア・パレスティナ・ヒジャーズの自治権を与えることを約束していました。しかし、イギリスは他方でフランスとも「サイクス=ピコ協定」を締結し、オスマン帝国領を二国間で分割する密約を結んでいました。</p>
<p class="font_8">ベルはアラブ人との約束を果たすために尽力しますが、列強を相手に挫折せざるを得ませんでした。 その後、イラクでは内乱が相次ぎ、大きな痛手を被ったイギリスはカイロで秘密会議を開きます。それにベルも出席、モースル州(クルド人が多い地域)、バグダード州(スンナ派が多い地域)、バスラ州(シーア派が多い地域)を併せて、イギリス統治委任領とすることを主張します。&nbsp;</p>
<p class="font_8">ローレンスは、モ-スル州のクルディスタンは異質であるとして分離すべきだと提案しましたが、ベルの猛反発にあい、彼の主張は通りませんでした。</p>
<p class="font_8">この結果、クルド人はアラブ人国家イラクに対する拒絶反応を継続させ、イラクを常に分裂の危機にさらすこととなります。クルド勢力を抑えるため、サダム政権を必要悪として許容せざるを得なくなったのもこれが原因でした。&nbsp;</p>
<p class="font_8">ベルが構想したのは、異なる宗教や文化を持つ民族が、イギリスの補佐により協和協調する国家でしたが、全くの裏目に出る結果となりました。著者の阿部氏は「(イラク戦争)戦後の治安悪化と統治混乱は、単にテロリストの流入や行政技術的な失態というより、「国家の不可能」が露呈してきたからではないのか」という問題提起をしています。</p>

2023-01-30

Books on Iraq /イラク関連の本紹介 (1)

Role of Gertrude Bell / ガートルード・ベルが果たした役割

<p class="font_8">先日、急に思い立って催眠を習い始めたことを書きました。</p>
<p class="font_8">&nbsp;催眠について情報を集め、幾つかの場所で勉強してみると、ますます意識の不思議さというものに驚かされます。&nbsp;</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">まず、私たちの意識は非常に限定的であり、今フォーカスしている範囲しか見えていないということ。何にどうやってフォーカスするかは、その人の自由ですが、文化や教育によって、フォーカスの仕方には一定のパターンが出来てしまう。 その思考パターンで上手く成長していければ良いけれど、幼児期のトラウマなどによって、上手くいかないパターンに陥ってしまうこともある。(そして、たぶん、そういう事は多い。)&nbsp;</p>
<p class="font_8">この思考パターンというのは、その人にとって、額に掛けている眼鏡と同じで、自分自身で発見することが難しかったりする。不思議なもので、人は、どれほど他人に「メガネは額に掛かってますよ」と言われても、自分でそれを実感できない限り、それを信じることが出来ない。</p>
<p class="font_8">&nbsp;そこで催眠。あるパターンにはまり込んでいる意識を解放し、その人自身に、別の視点・別の思考を見つけ出してもらうのが催眠の目的だと私は考えています。</p>
<p class="font_8">&nbsp;だから、〝リフレーミング〟とかも催眠の一種。 ただ、トラウマがあると、問題となっている思考パターンから抜け出せなくなってしまうので、それを解消するために退行催眠などもあります。&nbsp;</p>
<p class="font_8">そもそも、人の記憶と言うのは、出来事に関する記憶と、その時感じた感情の記憶の2種類があり、通常、それらはセットで記憶され、時間と共に処理される、つまり、忘却されてしまう。 トラウマとなるような出来事では、ショックの余り、これら2つの記憶が乖離してしまい、その時の不快な感情だけが残ってしまうのだけれど、それに対応する出来事が分からなくなっているので、記憶が処理されない。催眠を掛けて記憶を遡り、不快な感情に対応する出来事を思い出すことが出来れば、トラウマの記憶も適切に処理され、やがて忘れ去られていく。&nbsp;</p>
<p class="font_8">傷が深すぎると、完全に傷跡が消えないというのは、肉体でも心でも同じということなのでしょうか。 私たちの思考パターンが感情に大きく影響されているというのは非常に興味深いことだと思いました。</p>

2023-01-29

About Hypnosis / 催眠について思うところ

Our Mind as a Universe / 心という宇宙

<p class="font_8">『悪人が癒されるとき』の原作者ラリーとの出会いは、本当に偶然でした。&nbsp;</p>
<p class="font_8">思い起こせば、2021年、10月の終わりか11月の始めの頃、何を思ったのかワタクシ、ふと「催眠を習ってみよう!」と思い立ったのでした。</p>
<p class="font_8">何の気なしにネットを検索してみると、翌週開催される講座があるではありませんか‼&nbsp;</p>
<p class="font_8">いつもならば、「そんなの習ったって、何の足しにもなりはしないよ」などとネガティブな思考に捕らわれて、グズグズと決められずにいるのですが、その時は全く躊躇せず講座に申んでいました。</p>
<p class="font_8">しかも、3日間のベーシック講座を受講したあと、すぐに翌月開催されるアドバンスト講座まで申し込んだというハマりぶりです。 催眠講座では、いわゆる暗示や年齢退行といった古典的な催眠療法を教えており、月に1度の練習会も開催していたのですが、ベーシック講座を受けた、すぐまた翌週に開催された練習会に参加したときのこと、たまたまランチをご一緒した方が、ラリーの本を紹介してくれたのです。</p>
<p class="font_8">その方は、著者が日本語に翻訳してくれる人を探しているという話も聞かせてくれました。 そのころ、私はウダイのこともイラクのことも、殆ど何も知らなかったのですが、「何となく面白そうだ」と思って、「私が翻訳しましょうか?」と申し出ていました。</p>
<p class="font_8">&nbsp;その時は、翻訳して自費出版するくらいなら出来るだろうと軽い気持ちで考えていたのですが、まさか自分で出版することになるとは夢にも思いませんでした。人生とは本当に不思議なものだと思います。 ちなみに、最初通った学校で幾つかの催眠講座を受講した後は、別の先生に習うようになり、ラリーに出会ってから、ちょうど1年が過ぎようとする頃に、何故か催眠熱は冷めました。これが潜在意識のなせる業だとしたら、本当に不思議です!</p>

2023-01-28

Introduction to Larry / ラリーとの出会い

Suddenly Started Learning Hypnosis / 突然、催眠を習い始めた話

<p class="font_8">そんなこんなで、会社を立ち上げてから、およそ5ヶ月後、漸く最初の作品を出版することが出来ました。&nbsp;</p>
<p class="font_8">ISBNを発行・管理している日本図書コード管理センターのマニュアルでは、新刊を出版したら国会図書館に納本することが〝義務〟となっていると書かれています。</p>
<p class="font_8">&nbsp;自分が作った本を国会図書館に納めるなんて何だか信じられない気分ですが、〝義務〟と言われるとやらないわけにもいかず、国会図書館のウェブサイトで確認して納本に行きました。&nbsp;</p>
<p class="font_8">図書館利用者用のエントランスではなく、裏口の方から入ります。守衛さんに「納本に来ました」というと、名前と入館時刻を書いて、バッチをもらい、納本の場所を教えてもらって館内を進みます。何だか薄暗くて、バックオフィス的な雰囲気が濃厚に漂っている通路を進んで納本受付場所へ。&nbsp;</p>
<p class="font_8">納入義務があるのは1部ですが、2部寄付すると東京本館と関西館で所蔵することになるとあったので、一応2部寄贈してきました。 まったく実感が湧きませんが、何とか出版社としての義務を果たして一安心です。</p>

2023-01-24

Publishing the First Book / 新刊発行

Book Donation / 献本してきました

<p class="font_8">出版社立ち上げの前から、何となく心に思い描いていたのが、エコペーパーを使った本づくり。&nbsp;</p>
<p class="font_8">エコペーパーといっても、再生原料を使ったものから、通常は廃棄されてしまうような非木材系の素材を使ったものまで色々な種類があります。再生紙の場合、森林資源の保護という意味ではとてもエコですが、印刷済みの紙を白く戻すには余分なエネルギーが必要となるため、本に使うような紙ではちょっと難しい。&nbsp;</p>
<p class="font_8">そこで、非木材系の素材を使ったエコペーパーを探してみたのですが、本では殆ど実績が無いものが多い。そんな中から、書籍やパンフレットに使われている「竹紙」と言うのを見つけました。竹紙は間伐材としての竹を使った紙で、独特の風合いがあり、〝物〟としての本に味わい深い趣を与えてくれます。&nbsp;</p>
<p class="font_8">大切に読んでほしい本なので、この竹紙を使って本を作れないかと、幾つもの印刷屋さんに問合せをしました。どこの印刷屋さんも丁寧に応対して下さったのですが、どうしても予算的に大幅オーバーしてしまい、泣く泣く断念。 ここまで来て、気づきました。本づくりはエコじゃないのです。 普通の紙を使って印刷製本することに決めるまで、1ヶ月ほどが過ぎていました。 最終的にお願いした印刷屋さんは非常に親切で良心的だったので有難かったのですが、今後どうやって本づくりを続けていくか、じっくりと考えなければならないと思った経験でした。</p>

2023-01-22

Eco-friendly Books / 環境にやさしい本

Wanted to Use Eco-Papers / エコペーパーが使いたかった話

<p class="font_8">書籍制作について、実際に何をやったのか、今日は書いてみようと思います。&nbsp;</p>
<p class="font_8"><br></p>
<p class="font_8">まず、会社の立ち上げ前に、本はどうやって作るのかを調べるところから始まりました。 ネットで調べて、版組を作るInDesignというソフトがあることを知り、さっそくお試し版をダウンロードしてチュートリアルをやってみたところ、結構使えるようになるかもという感覚がありました。</p>
<p class="font_8">&nbsp;版組の作業まで外注したらコスト的に賄えないなー、と思っていたのですが、自分で出来そうだったのでまずは一安心。 とはいえ、細かい設定など自分では調べきれない点は、プロのアドバイスを受けました。長くご経験のある方ですが、とても親切丁寧に教えて下さり、本当に感謝しています。&nbsp;</p>
<p class="font_8">版組が出来そうなことを確認した後は、翻訳原稿の校正を専門家に依頼しました。自分では何回となく見直していたものの、プロの目に掛ると自分では気付かなかったミスが山ほど出てきて冷や汗でした。校正をしてくれた方も、これまたとても親切丁寧で有難いかぎりです。</p>
<p class="font_8">&nbsp;そんなこんなで、7月15日に会社を立ち上げてから、ここまで来るのに、3ヶ月ほど掛かってしまいました。 スタジオペガサスの第1作である『悪人が癒されるとき』の翻訳は、会社立ち上げのずっと前に終わっていたので、会社を起こしたら、猛ダッシュで出版するつもりだったのですが、何事も予定通りには進まないものです。</p>

2023-01-21

Making the first book / 初めての書籍制作

What I Started With / 最初にやったこと

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